「江戸時代の京都が実はおもしろい!京都御所から新撰組の屯所、八木邸まで」たっぷり7時間コース
- 所要時間
- : 7時間
- お迎え場所
- : 京都ブライトンホテル
- コース料金
- : 7時間で22,820円
いざ、京都探訪!!
私は当タクシーサイトの社長。何故か、今回、当サイトの名物コーナー【タクシーで観光地を巡る】のレポーターをおおせつかる事に…。というのも、当社も所属する、かの有名な「タクシー問題懇談会」の例会が、京都で開催され、その出張旅費を出して頂く為には、京都観光タクシーのレポートが不可欠と我が社の経理担当者(我が社の実権派)に強く言明されたから。情けない社長ではありますが、京都&司馬遼太郎ファンである私としては、これ幸いとばかり、観光タクシーによる京都探訪を楽しませて頂いた次第。
古都京都の薀蓄を語れる乗務員さん登場!京都ブライトンホテルを出発
京都御所近くの京都ブライトンホテル。中学時代の修学旅行以来京都に泊まった事のない私には京都のホテルの格は全然わからないのですが、とにかく最上階(確か7階?)まで吹き抜けのすごく立派なホテル。外人さんも多く、ホテルの人の態度、物腰も優雅で上品。きっと宿泊費もさぞかし…(鬼経理担当の顔がチラチラ)。でもこのホテルは今回のタクシー問題懇談会の京都メンバーで今回の幹事役でもあるアオイ自動車の仲辻副社長さんの御好意で手配されたところ。私には何の責任も無い…です。
そのアオイ自動車さんの観光部創設の提唱者であり、もっとも熟練した観光タクシーの乗務員さんである渦原輝幸さんが午前8時半には私の携帯電話に電話を下さり、ご挨拶とホテルの駐車場に待機している旨連絡をくれる。昨日、タクシー問題懇談会の例会でアオイ自動車さんを見学した折に、仲辻副社長に、私が会社から与えられているミッションをお伝えし、是非とも歴史の宝庫、古都京都の薀蓄を語れる乗務員さんを御紹介して下さいとお願いしてあったのだ。時間は9時からとお願いしてあったが、さすが、サービスのアオイさん、30分前から待機してくださる気配り。京都のタクシーは違うね~。
9時に駐車場におられた渦原さんと合流。一人では寂しいと京都観光にお誘いした国産自動車の荻野常務と一緒。荻野常務は先週インフルエンザA型が治ったばかりなのに、京都に来てインフルエンザB型にかかり、昨日はホテルで休んでおられた。今日は病み上がりで、心配だったが、さすが体育会系!?、一晩で回復したとの事。とりあえず、道連れができて良かった。
三日月型のあんどんをつけ、白と緑のツートンカラーの特色あるアオイ自動車さんのタクシーの中で、本日のコースについて渦原さんと相談。千数百年の歴史を誇る京都は見るところが一杯なので、絞らないと、当然回りきれない。司馬遼太郎ファンとしては幕末の歴史的事件の舞台を見てまわりたいところだが、それとて沢山ある事だし、普段、あまり行けないところがよいと思い、少し遠い鳥羽、伏見の方に行ってみたいと希望を述べる。
それではと、いざ出発するが、予定は未定?思わぬ展開が待ち受けていた。だからこそ気侭な観光タクシーの旅はなにげに楽しいのだとあらためて認識した次第。
【写真】特徴ある三日月のあんどんをつけた車両とともに、乗務員さんがお出迎え(左)、本日まわるコースについていろいろと相談(中)、
京都御所の案内図(右)
まずは京都御所へ、幕末ミーハー族も感動
京都ブライトンホテルのすぐ近くに京都御所があり、「とりあえずよりましょう!」と渦原さん。そして、あらためて京都御所の塀の高さに驚く。塀に立派な瓦屋根がついている。塀の外側に鴨川から引き込まれた水を通す小川が掘りめぐらされており、なんとそれが天然のクーラーになっているとの事。京都は水に恵まれた場所で、京都の地下には琵琶湖に匹敵する水が蓄えられているとの事。昔から都が置かれるのには何か理由があるとは思ったが、なるほどと思う。このへんから渦原節に巻き込まれて(?)行く。
名所、旧跡はそのまま見ても、何の変哲もない事が多い。歴史的事情や背景を知って初めて、そのすばらしさや面白さがわかる。乗務員の渦原さんは我々が知っている表の歴史的知識だけでなく、裏の事情についても詳しく、つい、その話しに引き込まれてしまう。その渦原さんが言った。「あまり人の行かないところですが、是非見て頂きたい場所がある!」と。幕末ミーハー族の我々にもう少し歴史の深い襞を見せてあげようとしてくれたに違いない。「是非に!」と期待に胸躍らせて頼んだ。車は鳥羽、伏見とは反対の京都の北部に向かった。
【写真】京都御所の塀の高さに圧倒(上)、塀の外側には天然クーラーの小川が?! (下)
曼殊院門跡は江戸初期の京都文化の粋
皆さん、知ってました?「曼殊院門跡」(
http://homepage2.nifty.com/cub/niwa/manshuin.htm)幕末ミーハー族の浅学な私としては、恥ずかしながら全然知りませんでした、このお寺。しかし、このお寺が乗務員さんの渦原さんが薦める江戸時代初期から中期の文化の粋を伝える逸物だそうです。このお寺自体は昔比叡山にあって8世紀伝教大師による創設ですが、現在の地に明暦2年(1656)に桂宮親王の御次男良尚親王が造営したとの事。この天皇の次男である良尚親王という人がすごい人で天台宗の座主にもなりながら、庭園、建築、絵画、書道にすぐれ、また天皇家の子供として生まれながら、次男であるがゆえに味わねばならなかった悲哀と屈折した感情を、様ざまな芸術作品に昇華した、その様がこの曼殊院のそこここに表現されているとの事。
しかし、こうした深い曼殊院の理解は渦原さんの熱い語り口の説明なくしては、全然消化できないものであったろう。多分、観光コースの一経路として通り過ぎただけではふるぼけた絵や、古い、腐りかけた木造のお寺で、何かしら由緒のあるものらしいと思うだけで終っていたと思う。だから歴史的建造物を見て回るのにはやはり語り部(解説者)が必要とあらためて痛感した次第。
狩野永徳が描いた重要文化財竹虎図は、虎がパンダのように竹をかじっている。これは当時の画家にとっては虎は実物を見た事がなく想像で描いたらしく、パンダと混同している節があるらしい。そういえば顔もなんとなく獅子顔?こうした話しは曼殊院の売店で買ったパンフレットにも記載がない。皆渦原さんの受け売りです。是非、皆さん曼殊院門跡にお立ち寄りを。特に紅葉の季節が良いようです。我々が訪問したのは真冬ですが、それでも苔や枯山水は充分堪能できました。
【写真】緑豊かな曼殊院庭園(左)、横に梟が彫られている、梟の手水(中)、歴史を感じさせる燈篭(右)
次は洛北蓮華寺、崇道神社へ
およそ、観光バスがはいれそうもない、そしてタクシーさえすれ違うのが大変な狭い道の奥にある、この曼殊院を後にして、いざ鳥羽・伏見の戦いへと思った途端、渦原さんが、もう一箇所是非お見せしたい場所があると言われる。曼殊院の例もあるので、それは有難いと早速連れて行って頂く。蓮華寺というやはり江戸時代創設の寺で、寛文2年(1662年)応仁の乱で荒廃していたこの寺を当時の文化人狩野探幽、木下順庵、隠元禅師、木庵禅師などが再興したとの事。この寺は観光寺とはわからぬ程の質素な作りと、たたずまいであるが、渦原さんにかかると一変。寺の中の部屋から見る庭の世界の形而上的意味の説明を受けるとなるほど、そのすごさに納得してしまう。文化とは、人の思いと意味の集積。それを感ずる感性を持たぬ我々としてはやはり、解説者が必要とここでも納得した次第。だからこそ単なる【貸切タクシー】ではなく【観光タクシー】の社会的、文化的意味(少し大袈裟か?)があると確信。
それにしてもこの渦原さんの観光タクシーはいわば観光ガイド部分はボランティアで、貸切(時間貸し)部分だけを料金を頂いているとの事。そういう意味では観光タクシーは随分お得という事になる。
【写真】洛北蓮華寺の先にある崇道神社
昼食に京都名物【いもぼう】をいただき、霊山(りょうぜん)歴史館へ
蓮華寺を後にして、京都を南に下る。もう昼時になってしまったので、どこかお勧めの食堂に渦原さんに連れて行って貰う。連れていかれたのは円山公園内の京都名物「いもぼう」平野屋本店(
http://www.d4.dion.ne.jp/~tnbbb/a-008.htm)とのれんがかかった料理屋。
海老芋と棒鱈をたきあわせた質素な味わいのいもぼう定食を頂く。すでに時間は午後1時半。これから鳥羽、伏見では、時間が無さ過ぎるとの事で、京都市内中心部幕末ミーハーコースに観光先を切り替える事にする。とりあえず、円山公園近くの原了郭で、荻野常務が是非おみやげに買いたいと言われた、黒七味をお付き合いで一緒に買う。この黒七味を製造している原了郭は赤穂浪士の一員の末裔とか、そして、すぐ近くのかの祇園のいり口には大石内臓助が偽装のために遊んだという料亭がある。
祇園の狭い道路を通り抜けて行くと幕末ミーハー族にとって、みのがせない霊山(りょうぜん)歴史館(
http://www.ryozen-museum.or.jp/)がある。ここは坂本竜馬、中岡慎太郎をはじめ、幕末の志士達の墓が集められていて、この2月に新しく「幕末ミュージアム」もオープンした。坂本竜馬が暗殺された近江屋の事件も模型とビデオで再現されている。幕末の歴史的事件、人物が時系列に判り易く展示説明されている。
荻野常務と山の中腹にある、坂本竜馬、中岡慎太郎の墓にお参りする。坂本竜馬の人気はすごいもので、石板に、坂本竜馬へのメッセージや願い事が書かれたものが、沢山おかれていた(1枚確か千円。絵馬の石板版のようなもの)。しかしいつも思うのはこの幕末の志士達(幕府側も含め)の無くなった時の年齢の若さである。坂本竜馬33歳、。中岡慎太郎30歳、幕府方である近藤勇35歳、土方歳三も函館で35歳で死んだ。時代が違うとは言え、55歳にもなってさしたる事もなしえないでいる自分が歯がゆい。長く生き過ぎたか?(などと言いながら密かに長寿を願う私ではありますが…)せめて彼らの足跡を偲んで、その偉業にあやかりたいと思う次第であります。
【写真】ここで京都名物が食べられる!「いもぼう 平野屋本店」(上)、坂本竜馬と中岡慎太郎の墓(下)
さて、新撰組の壬生寺、八木邸
昨年の大河ドラマ「新撰組」で観光客がどっとおしよせた壬生寺と八木邸。壬生寺は老人ホームと幼稚園の存在感(?)がおおきく、さしたる印象がなかった。石碑の格好をしたジュークボックス(?)があり、物好きにも300円を投じて、三橋美智也の懐かしい声の「ああ、新撰組」という歌を聴く。そして八木邸(
http://www.mibu-yagike.jp/)。非常に印象深かったのは天井と敷居の低さ。芹沢鴨が大立ち回りの末、土方等に殺された部屋が、この八木邸にあり、沖田総司がつけたという刀傷が鴨居に残っている。この低さでは無理もないと実感。大河ドラマのこの場面はあまり覚えていないが、多分こんなに低くはなかったような…。何か歴史を現場で追認できたという実感をもてた。そして今に続く八木家が作った【京都鶴屋】のお菓子を御馳走になって、とりあえず今回の京都観光は終わりとなりました。そのまま京都駅まで渦原さんに送って頂いて、本日の観光タクシー料金の精算。9時から4時までの7時間、1時間3260円で都合22820円。時間は30分が最小単位。4人で回れば、ガイド付で一日たっぷり回っても約5700円。安いと思いません!?アオイ自動車の渦原さんに改めて御礼を申し上げて、京都駅から新幹線へ。また機会を作って是非、まだまだ残されている京都の史跡をまわってみようと決意を固める次第でした。
【写真】新撰組縁の寺として知られている「壬生寺」(左)、境内にある立派な近藤勇の胸像(中)、
天正年間から代々受け継がれてきた八木家の【京都鶴屋】(右)
アオイ自動車さんのクオリティの高さを実感。
最後にアオイ自動車さんの特徴ある三日月のあんどんの由来を一節。
「三日月は祇園祭の月鉾にちなんだもので、この上弦の三日月が満月に向かって少しずつ大きくなるように会社も発展してほしい、また御客様へのサービスも満月を目指して日々邁進していきたいとの願いを込めて創立者である仲辻章二社長がデザインしたもの。」
このモデルコースに関するお問い合わせは
今回のタクシードライバーさん
アオイ自動車交通株式会社のドライバー、渦原 輝幸さんにご案内いただきました。
PR:アオイ自動車でもっとも熟練した観光タクシードライバー