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今日は12月10日、この不況の折でも多くの企業、それにお役所はボーナスが支給され、思わず顔がほころぶ日でもある。小さな会社の経営者という立場になると、ボーナスは支給する事はあっても支給される事はない。それでも今年も社員の人になんとか賞与を支給できて、ホットするやら、また自分が貰える訳ではないが、少し嬉しい。 ところで、第6稿から随分時間が空いてしまった。自分の拙い雑文でも読んでくださる人がいるのだとあるひと達から励まされ、コラムを再度続けさせて頂く事にした。 「タクシー乗務員 その楽しい時と寂しい時」と表題では書いたが、最初に「寂しい時」の経験を書きたい。 どんな仕事にも共通している事なのだろうが、何が寂しいって、仕事が無い時程寂しい事はない。タクシーでお客を乗せてどんなに走っても一向に疲れはしないが、客待ちの為に、無為に時間をすごす時ほど疲れる事はない。 本当は休んでいるも同然なのに、ひどく疲れる。自分が乗務していた清水では流しも効かないので、駅待ちや待機所でひたすらまつだけなのだが、この点都会だと常に流しをしなくてはいけない。もちろん流しをして、お客がいれば良いのだが、1時間も流して、成果がゼロだと、さぞかし、疲れが、倍加するだろう(もっとも自分は大都市での乗務員経験はないのだが)。が、ときおり、この疲れの感覚を通り越して「寂しさ」という感情すら抱く時がある。 それは昼間の稼ぎもままならなかった日の深夜、人影もまばらな繁華街で延々と続くタクシーの空車の行灯を眺め続ける時である。思わず「一体俺は何をやっているのだろう…」と寂しい思いにかられてしまう。 25年前の自分が経験したそうした思いを、いまはるかに厳しい時代の環境の中で、多くの乗務員、取り分け地方都市の乗務員さんが味わっているのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。 とにかく仕事がある事、動く事、これが精神衛生上非常に大事な事だと思う。そのためには、タクシー業務も多様なサービス、多様な価格形態を開発し、新しい需要を作り出す試行錯誤に挑戦すべきだと思う。タクシー会社の経営者の方にもその意味で是非頑張って貰いたいと心から思う。
ところで自分のタクシー乗務員生活にも「寂しい」事ばかりでなく、もちろん楽しい事もあった。 以前のコラムでチップの事や、お客さんとの交流などタクシー乗務員ならではの楽しみを記したが、今回は笑ってしまうほどのささやかな自分の楽しみを書きたい。 清水市は人口25万の小さな地方都市で20分も走れば山間部に入っていってしまう。清水市から甲府に抜ける国道52号線という道路があり、興津という海岸沿いの町から小島、但沼という清水市内ではあるが山間部の町にお客を乗せる事がたまにある。特に深夜、殆ど車が通らない52号線を走ってお客を送り届け、数千円(清水市内では良い仕事の方)のタクシー料金を頂き、清水の繁華街に帰る途中に小さなドライブインにポツンと置いてある、コーヒーの自動販売機で暖かいコーヒーを飲む。これが何故か無上の「楽しみ」なのである。このドライブインの自動販売機は缶コーヒーではなく紙コップのドリップ式であり、これがまた「最高」なのである。時間は深夜、周りは暗闇につつまれた山々で、一仕事した後の暖かいインスタントコーヒーの一杯。いまでもこの光景はハッキリ覚えているし、この時のコーヒー以上のコーヒーに出会った事はない(少し大げさかも…)。
どんな大変な仕事でも、どこかにささやかな楽しみがあるのではないかと思う。厳しい生活を送るタクシーの乗務員さんが、とりあえず、夫々にささやかな楽しみをみつけて、この局面を踏ん張って、乗り越えて貰いたいと願っています。 我々も自分の持ち場で、この局面を打開する何かを作りだし、乗務員の皆さん、ひいてはタクシー会社の経営者の皆さんのお役にたちたいと心から思う。
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●清野 吉光(きよの よしみつ)
1950年 長野県四賀村生まれ 1968年 上智大学外国学部ロシア語科入学 1971年 上智大学中退。印刷関係、皮革関係など様々な職業に従事 1976年 清水市の日の丸交通入社 1979年 清水市内の学習塾教師(英語担当) 1980年 静岡市内の(株)事務機器センター入社 1982年 (株)システムオリジンを仲間と創業。専務取締役 1992年 代表取締役社長就任 2000年 株式会社タクシーサイト・ドット・コム常務取締役就任 2003年 株式会社タクシーサイト代表取締役社長就任
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