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平成徒然草 - 坂本 互(さかもと わたる)

6稿 「アーミッシュの価値感に学ぶ」 2001.04.03

アーミッシュの社会では、今でも Pennsylbania Deuiche という古いドイツ語が使われており、英語は学校に入ってから習う。 言語の外にも、彼等は多くの生活習慣を300年以上も守ってきたが、その中には我々現代人が聞くと「えっ」と驚くものも多い。それら細かい規則は、「キリストの生き方に近づく」というアーミッシュの基本信仰から生まれたものである。 17世紀の一般の人たちでも理解できず異端とされたのだから、現代人にとっては不可思議なのは当たり前かも知れない。つまり、価値観や思考方法が根本的に違うのである。 ところが最近になって、本当の幸せとは何かが問われるようになり、アーミッシュの考え方を評価する人が増えてきている。
 うぬぼれや人より目立とうとするのは虚栄心の現れであるとされ、そこからあの独特の服装が生まれた。お土産として人気の高い Amishu Dolls は生活規則の象徴といえる。 模様の付いた布を使ってはならない。洋服に使う色はグループで決められたもののみ。
ジッパーやボタンやベルトは昔から軍服に主に使われていたので禁止。男性は黒い外ポケットのないシンプルな服を着てサスペンダーをし、 縁の着いた黒い帽子をかぶっている。女性は丈の長い無地のワンピースを着て、頭を束ねてオーガンディーの白いキャップを被っている。 人形の顔がのっぺらぼうなのは偶像禁止から来ていると思われる。最近タリバンに爆破されたバーミヤンの仏像も、以前からイスラム教徒に顔を削られていたが同じ解釈だろう。 写真を撮ること、撮られること、鏡を見ること、化粧、変わった髪形、美容院へ行くことも禁止では、さしずめ現代の女性なら死んだ方がましと言うかも知れない。そのほか、 結婚した男性はひげを伸ばさなければならないというのもある。楽器を弾いたり独唱したり、自分の名前を入れて出版したり、 また自己の栄光を求めて良い説教をしようと下準備をしたりすることもいけない。このように「人に誇れるものを何も持つまい」とすることが行動規範となっている。

 彼等は徹底した平和主義なので、訴訟や軍隊を認めず政府から兵役を免除されている。なんとなくホメイニ革命以後のイランを想わせる重苦しい社会のようだが、 アーミッシュにとってはこれらは強制による鉄の戒律でなく、一人一人が自分の意志で選んだ道だというところに大きな違いがある。

 仏教では、自分と他人を比較しようとする心の働きを「慢」と呼んでいる。たとえ正しい判定が出来たとしても心は驕り、高ぶる。 そもそも、自分と他人を比較すること自体がまちがいなのだ。比較すると、どうしても慢心が生じる。ご利益信仰はそのような慢心に起因したものだから、 これによっては「安心立命」は得られない。これは、ひろ さちや氏のエッセイの中に書かれていたことだが、東西の宗教で同じ教えがあるということは、真理の証明なのかも知れない。

   もし、アーミッシュの人たちがアフリカに住んでいたら、誰もその特異性に気がつかなかっただろう。文明国アメリカの中で生活しているからこそ、アーミッシュの社会はとりわけ非文明で遅れているように見えるのである。しかし、アーミッシュの人たちは現代文明に同調はしないが、決して敵対しているわけではない。グループで新しいものを取り入れるかどうかは、しっかりとみんなで話し合ってから決められる。その時には利点、欠点共に考えて、利点が多くてもそのせいで今のアーミッシュの密着した社会が破壊されそうなものは認められないことが多い。アーミッシュにもいろんなグループがあって、特に厳しく規律を守っているグループは Old Order Amish と呼ばれている。その中でもそれぞれの地域ごとに少しづつ規則の違いがある。 アーミッシュの社会は自給自足が原則であり、家屋や橋も共同作業で作ってしまう。一方文明の利器は工場生産であり、それを使用することは貨幣経済を通じて否応なしにアメリカ社会に組み込まれることを意味する。  車や電気やガスや水道が便利なことはみんな良く承知しているが、社会からの束縛が増えてしまう。また自然のサイクルでの生活が狂ってしまうという不安が強い。アーミッシュの各家庭の前の道路には、電気もガスも水道も来ているので使おうと思えば直ぐに利用できる環境にある。しかし、アーミッシュにとっては利便性を犠牲にしても守らなくてはならない大事なものがあるのである。 現代文明についての規則には次のようなものがある。
車は運転してはいけないが、アーミッシュ以外の人が運転する車・汽車・飛行機などには乗っても良い。 グループによっては、プロパンガスや水車・風車で発電した電力の使用を許している。 テレビは個人がそれぞれ好きな番組を見るようになると、家族での会話が少なくなり、何よりも大切な家族の絆を危うくする。また、一方的に時間の制約を押し付けられる。 電話は必要でない時にも使って時間を無駄にする。また直接会って話をするというアーミッシュにとっての娯楽が失われて社会の結びつきが弱くなる。 彼等は耕作機械を使う代わりに、6頭立ての馬を操って畑を耕し、各家庭には自動車に代わって馬車があり、町には必ず馬車専用の駐車場が設けられている。 炊事はかまどで薪を燃して行われる。水は井戸から手動のポンプを使って汲み上げる外、雨水を貯めて洗濯に使用する。

 「環境にやさしい」といった宣伝文句はあいまいで抽象的である。使うなら具体的な根拠を示せ。これはこの程発表された公正取引委員会の見解であるが、アーミッシュの社会にこの文言を冠せることには、どこからも反論は出ないと思う。 我々昭和シングルの日本人にとっては、アーミッシュの田園生活は「いつか来た道」で、 外見的には太平洋戦争前の懐かしい農村風景に外ならない。電灯はあった。しかし、 今の日本で自分の意思で文明の利器の誘惑に打ち勝てる人が何人いるだろうか。もしいたとしたら、おそらく変人扱いか、へたをすると異常者扱いされるかもしれない。

つづく


第5稿 「アーミッシュの歴史」 も読んでみる

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坂本 互(さかもと わたる)

元タクシーサイト代表取締役社長、現在タクシーサイト顧問
元タクシー問題懇談会会員
元イースタンモータス常務
株式会社システムオリジン顧問
東京におけるタクシー向けコンピュータシステムの草分け的存在

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