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団塊耕志録 - 清野 吉光(きよの よしみつ)

5稿 「英語を勉強するにはタクシー乗務を!その2」 2001.07.31

タクシーの中で英語を勉強し、少し自信(?)がついたころ、英語の実践の場を少しでも多くしようと思い、ある試みを始めた。それは助手席前のフロントガラスのところに、外に向け、《ENGLISH SPOKEN》と書いたダンボール紙を掲示した。
 いまから思うとハッキリ言って恥ずかしい……。でもその当時は必死で思いつくことは何でもやろうとした。
 清水市は静岡県では有数の港町で、外国の船舶の寄港も多く、外国船員が時にはタクシーを利用した。アジア系の船員が多いが、彼らも多少の英語は話すし、また税金の関係なのかギリシャ船籍が多く、ギリシャ人もタクシーを利用した。
 実は英語を勉強したがためにタクシーの仕事で【おいしい】思いをしたというのは、このギリシャ人にまつわる話である。
 自分が英語をタクシーの中で勉強しているという話は、自分のタクシー会社の中では知れ渡っていた。だが、だからすごいとか、生意気だとか特別視される事はなかった。
 また会社内のソフトボールチームにも所属し、今の自分からは信じられないことだが、俊敏(?)、俊足(!)で、仲間内からも評価されていた(自分で言うのも何ですが…)ので、変わった奴だとイジメラレル事はなかった。

 ある雨の夜、先輩の運転手から無線で連絡があり、「外人さんのせちゃったんだけど、何を言っているか、よくわからん、清野君来てくれや」と言って来た。すぐ飛んでいくと、ナマリのひどくきつい英語を喋るギリシャ船員で、ナントあの横浜の伊勢崎町に行きたいと言う。
 先輩乗務員は、言葉がわからないから不安だ、自分に行けという。伊勢崎町など青江ミナの歌の文句では知っているが、行ったこともない。
 先輩乗務員からおおまかな経路を教えて貰い、せっかくだから、とにかく意を決して行くことにした。

 先輩乗務員が教えてくれたのは、清水のインターから東名に乗り、横浜インターでおりて横浜市内に向かえというものであった(間違ってはいないが、殆ど何も言ってない!)。
 そのむかし、女房とデートで横浜の山下公園に一度だけ行った事はあるが、車で行ったことはない、さらに恐ろしい事に、車で東名を走るのが生まれて初めて(!)だった事である。

 雨が降る初めての東名。そして後部座席には、のべつまくなし喋り続けるギリシャ船員。実際彼の英語は多分普通の状態でもかなり聞きづらいナマリがあった。
 盛んにアメリカ軍の悪口を言っているのだけれど、ARMYが「アルミ、アルミ」と聞こえる。最初はアメリカのアルミが嫌いというから、サッパリ意味がつかめなかった。前後関係でようやく意味がわかって、適当にあいづちをうっているが、なんせ、夜間で雨が降っていて、しかも初めての東名高速。
 とても英語の勉強どころではない。喉は渇き、肩はこり、目は痛くなり、はたして、伊勢崎町とやらに無事につけるかどうか、ヒヤヒヤものであった。
 こうして自分の初めての超長距離仕事はまったくスリルと緊張に満ちたものであった。伊勢崎町にどうやってたどり着いたかは覚えていない。が、タクシー運賃は1万8000円(今だと3倍くらいするのだろうか?)で、3年間のタクシー乗務員生活の中で最高の額であった。少し心配していたが、お金もチャント貰えた。
 また帰りの道も、よくわからないので、横浜の地元の乗務員に聞くと、親切にも、その乗務員さんが、ついでだからと途中まで誘導してくれた。

 清水の明かりを見たとき、初めて、肩の力が抜けて、ホット一息つくことができた。
 当時の自分には初めてづくしの密度の濃い経験だったし、いま思うとあのギリシャ船員は清水くんだりから、タクシーでわざわざ横浜まで何をしに行ったのだろうなどと余分な事を考えたりするが、帰りの地元乗務員さんの親切さも含め、今でも忘れられない一日であった。
 で、元はと言えば、これも英語を勉強し、恥を省みず、《ENGLISH SPOKEN》などという掲示を出していた結果でもある。すぐには成果が出なくても、準備をし、網をはり、機会に備える事が大事と再認識した次第である。

 今、タクシー業界でも意欲ある事業者が新しい試みを行おうとし、介護の資格をとったり、警備士の免許をとったり、またコンビニタクシーなどの様々な挑戦を始めている。
 こうした動きの多くが、すぐには目にみえた成果がでず、徒労の様に思えるかも知れない。しかし、いつチャンスが突然やってくるかも知れない。その時に備えがあるか、否かが非常に大事だと思う。

 失敗をおそれず、新たな試みに挑戦するという起業家精神がタクシー業界にも必要とされる時代が到来するのかも知れない。
 そして我々もタクシー専業のソフトハウスとして、そうした挑戦のお手伝いができれば、望外の幸せである。タクシーの現場からも、是非日本活性化の一翼を担う挑戦をはじめませんか! 


第4稿 「英語を勉強するにはタクシー乗務を!その1」 も読んでみる

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清野 吉光(きよの よしみつ)

1950年 長野県四賀村生まれ
1968年 上智大学外国学部ロシア語科入学
1971年 上智大学中退。印刷関係、皮革関係など様々な職業に従事
1976年 清水市の日の丸交通入社
1979年 清水市内の学習塾教師(英語担当)
1980年 静岡市内の(株)事務機器センター入社
1982年 (株)システムオリジンを仲間と創業。専務取締役
1992年 代表取締役社長就任
2000年 株式会社タクシーサイト・ドット・コム常務取締役就任
2003年 株式会社タクシーサイト代表取締役社長就任

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