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団塊耕志録 - 清野 吉光(きよの よしみつ)

4稿 「英語を勉強するにはタクシー乗務を!その1」 2001.07.10

自分は1979年の2月、29歳の時にタクシーの乗務員をやめ、清水市内の学習塾の教師になった。
 もちろん教員免許などある訳無いが、たまたま市内の私立工業高校の教師で、学習塾を経営しているS氏にスカウトされた。
 そのきっかけは彼がたまたまお客として、自分のタクシーに乗った。その時自分の助手席に英字新聞があるのを見て、不思議そうに話し掛けてきたことからである。
 最初はタクシーの乗務員の分際(?)で、なんで英字新聞なんか読んでいるのかと訝しがる感じであった。が、事情を聞いて、少し得心したのか、S氏は素性を名乗り、自分の学習塾で英語の教師を探しているから、やってみないかと持ちかけて来た。
 その頃、自分は英語学習が嵩じ、アメリカに留学したいという夢想に駆られていたので、それに一歩近づけると思い、この提案に喜んだ。そして、後一ヶ月勤めれば満3年が経過し、退職金を貰える資格ができたのに、後先考えずにさっさとやめてしまった。
 こうして、とんでもない(!)英語教師が誕生したのだが、案に反して、塾の小学校、中学校の生徒たちには評判の良い先生であった(はず………)。
  実はタクシーの乗務員を始めた時には、はるか昔に習った英語などすっかり忘れていた。高校までは比較的勉強したが、大学では3ヶ月しか授業には出なかった。
 むしろ授業を潰す側に回っていった(その結果退学の憂き目にあったのであるが、ま、当然でしょう)ので、およそ所謂学校の勉強とは縁がなくなってしまっていた。
 したがって、be動詞と一般動詞の区別だとか、三人称単数現在のSだとか中学時代に習った英語の初歩の初歩も忘却の彼方であった。
 何故そうした自分が再度英語の勉強を始めたかと言うと、少しおおげさになるかもしれないが、【生きがい】が欲しかったからである。まがりなりにも社会変革(のつもり)を目指して、自分なりの新左翼運動に全精魂を傾けたので、どういう理由であれ、その世界から離脱したときに、自分の生きる目標、アイデンティティを失ってしまったのである。
 とりあえず食っていかねばとタクシーの乗務員になったが、少し落ち着いてくると、なにかしら生きがいみたいなものをもとめずにはいられなくなる。それがどうも自分の昔からの性分らしい。
 しかし、過去の反動で政治向きの事や社会的なことは体が受け付けない。当時は新聞を見たり、ニュースを聞いたりすること自体が苦痛であった。
 ところが、そのような自分には何故か英語の勉強だけが、生理的に受け入れる事ができたのである。ひとつには高校までは非常に好きな科目であった事。また脱社会的で、無色透明な職人の技術として英語(と感じられたのだが)が自分の新しい【生きがい】になるような気がしたからである。
 もちろん現実の自分の英語のレベルは中学生以下に後退していたから、あらためて初歩からのやり直しであった。NHKラジオ第2の基礎英語、続基礎英語、英語会話などをやり直し、少しずつ昔習った事の復習をしていった。
 そしてそこで気が付いたことはふんだんに時間のあるタクシーという仕事はなんと英語(もちろん他の国の言葉でもよいが)学習に向いている職業だろう!という事である。拘束時間は圧倒的に長いが、しかしその殆どは乗り場での待ち時間だ(都会のタクシーは流しがあるのでチョト違うが)。待ち時間の間に、英語の教科書を勉強する。さらに運転している時でも耳があいている。
 多分タクシーの経営者はいやな顔をするし、お客にも失礼だとは思うが(そこは、それ相手の顔をみながら!?)、英語のテープを聞きっぱなしにする。日本人が英語に弱いのは、要は英語に触れる絶対量の不足だと思うのだが、とりわけ、英文解釈にあけくれて、生の英語を聞く時間がすくなすぎると思う。
 その点タクシーはまさに時間だけはふんだんにあるのだ。自分は当時NHKのラジオ第2で放送していた〔English Hour〕というディスクジョッキーの30分番組をテープにとり、それを乗務中、ずーっと繰り返し聞いていた。毎週日曜日の午後7時30分からその放送はあり、タクシーをやっていた3年近くの間に70本くらいテープがたまった。
 もちろん自分の英語力ではあまり理解できる訳ではなかったが、教育用のディスクジョッキーの番組だったので、あきずに、かつ教育的(?)に聞く事ができた。
 はたしてこうした学習法が本当に効果があるのかどうか確信はないが、社会人になってしまうと、学生時代のように机に向かって勉強するというのは中々難しい。
 まして英語などは自分の仕事に不可欠のものでもないし、別にやらなくても直接稼ぎには関係もない。だからこそ日常の生活の中に組み込んでしまわないと、すぐ三日坊主に終わる。
 英語を仕事のBGMにし、さして読めもしない英字新聞(ちなみにDaily Yomiuriであったが)を傍らに置くことで、なんとか英語学習を日常生活のルーチンワークにしてしまおうとしたのである。
 そしてまさにタクシーの仕事はそれができてしまうのである。イヤホンを使えばメータ機が料金をはじき出してくれていても、英語の学習はできる(あまり良い事ではないし、こんな乗務ではチップもあまり貰えないだろうが! ここらへんは臨機応変で!)。

 こうして自分は今までは縁がなかった英語検定を初歩の4級から受け、タクシー乗務員をしている間に、とりあえず高卒程度の2級を取ることができた。
 この英検2級というのは全然たいした事ではないのだが、現実に中学の英語教師がこのレベルの人が多かったりする(少なくとも英検1級を持っている人は非常に少なかった筈。もっとも当時の2級と1級の差があり過ぎたので、そのため最近では準1級という中間の級が設定された)。
 実際中学の英語を学習塾で教える分にはさして不自由を感じなかった(アンチョコもある事だし!)

 期せずしてタクシー車内での英語学習は自分の〔次の職〕に有り付くきっかけを作ってくれたが、またタクシーの乗務員としての仕事の上でもいくつかのメリットをもたらしてくれた。
 次回はその〔おいしい経験〕のいくつかを書きたいと思います。現役乗務員の皆さん!、是非今からでも英語学習に取り組みましょう!(但し仕事にさしさわりが無い程度に致しましょう?)


第2稿 「うまれてはじめてのタクシー乗務」 も読んでみる

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清野 吉光(きよの よしみつ)

1950年 長野県四賀村生まれ
1968年 上智大学外国学部ロシア語科入学
1971年 上智大学中退。印刷関係、皮革関係など様々な職業に従事
1976年 清水市の日の丸交通入社
1979年 清水市内の学習塾教師(英語担当)
1980年 静岡市内の(株)事務機器センター入社
1982年 (株)システムオリジンを仲間と創業。専務取締役
1992年 代表取締役社長就任
2000年 株式会社タクシーサイト・ドット・コム常務取締役就任
2003年 株式会社タクシーサイト代表取締役社長就任

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