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ダイキの中国TAXIリポート - 西湖大樹

1稿 「Jリーガーの夢破れ中国大陸へ」 2004.05.07

中国大陸に第一歩をしるしたのは二〇〇二年二月十七日だった。
上海の浦東空港に降り立った時の第一印象が、ロビーの照明がやけに薄暗い、というものだった。それでなくとも異郷の地の一人暮らしに不安を抱いていたが、不安はさらに膨らむことになった。あれから間もなく二年である。
私は、十九七六年十一月十一日生まれ、静岡県静岡市(旧清水市)の出身である。サッカー小僧で清水FCにも所属していた。将来のJリーガーのスター選手を夢見て清水市立商業高校サッカー部に所属したが、私より運動神経が勝った部員が多くいる現実に唖然、呆然。私は、サッカーで入学したのでサッカーに見切りをつけることは学校にも見切りをつけることと考え、周りがとめるのを振り切って中退した。我が人生初の挫折であった。

その後、十六歳から四年間清水で鉄筋職人を経験して、二十歳の春に上京した。都内のタクシー会社でLPガスの充填員をしたり営業担当をしたりで、昼間仕事をしながら三年間で夜間高校を卒業。
立正大学に進学した。進学したのはいいが、曲がりなりにもJリーガーのスター選手を夢見た私である。一人下宿で読書に明け暮れる生活に倦んでいたところに、それを見透かしていた父親が、「おいダイキ、中国に行くか?」と突然誘い水をかけられ、ひょいとその話に乗った次第である。

もちろん友人知人とて一人といないのだから、我ながら怖いもの知らずで軽率のそしりは免れない。なぜ、父親が私に中国行きを勧めたのか、それは父親自身が中国に行きたいのだが、仕事があっていけないので、自分の代わりに行って来い、ということだったと聞いた。そのときは、すでに後の祭り、立正大学を中退した二十四歳の春であった。

昨年も押し詰まって本紙の丁氏から中国(TAXI)リポートの執筆を依頼された。一度は、お断りしたのだが、怖いもの知らずの性格がむずむずしてきて、引き受けた次第。

次回から、中国のタクシーを中心とした交通問題や文化、社会制度などを私の目線からレポートしたい。次回は、タクシーと同じ認可制の三輪車(サンルンチョー)を紹介する。私もよく利用するが、メーターがなく毎回、値段交渉しなければならず、交渉下手の私にはかなうはずもなく、いくらぼったくられたか分からないほど。なのに気楽さが良くて、利用してしまう。そんな魅力あるサンルンチョーをリポートしたい。お楽しみに。

このコラムはタクシー専門情報紙「タクシージャパン」2004年2月20日号に掲載された「ダイキの中国TAXIリポート」から、特別に転載の許可を頂いたものです。タクシー専門情報紙「タクシージャパン」ホームページはこちら

  

バックナンバー ダイキの中国TAXIリポート

西湖大樹

1976年11月11日生まれ。静岡県清水市(旧称)出身。サッカー小僧で清水市立商業サッカー部へ進む。挫折して中退後鉄筋職人をしながら夜間高校に通った。その24歳で立正大学中退、会社も辞める。25歳、2002年2月17日に中国へ渡る。

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