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日常的にチップの習慣のない今の日本でチップを貰える仕事にはどんな仕事があるだろう? 我々コンピュータの営業マンには厳しい値引き要求はあっても、チップなど貰える筈もなく、また貰ったところで、これはなんだと、扱いに困る(?!)かも知れない 世はデフレ時代で、物を売る人は1円でも安くするから買って下さいと、これ値引きに努めている。それにひきかえ、タクシー業ではちょと違う。 今のタクシーの乗務員がどの程度チップを貰えるかは定かではないが、自分が、うまれてはじめてタクシーを運転した日に(第2稿参照して!)、総額810円のチップを貰った。 当時は(もちろん今もそうだが)、タクシーは通産省検定のメータ機による正価販売、そのうえチップまで貰えると、少くなからず感激したものだ。 当時も今もタクシー乗務員はなかなか厳しい職業だと思うが、しかし逆にタクシー乗務員ならではのメリットもあるのは確かだと思う。そのメリットのおおきなひとつが実はこのチップ。 自分はさほど愛想の良いほうではないが、普通に乗務していれば、1乗務あたり(月あたり確か20乗務位)1000円前後のチップがあった。時には6,7千円のタクシー料金を1万円札で払い、お釣りはとっといてというお客もまれにはあった。 ベテランの乗務員の中には日に1万円近いチップを稼ぐ人もいた。1乗務の売上が2万円いけば、ニンマリという時代にである。 多くの外国のタクシーではチップは当たり前で、メータ金額の10%位は払わねばならぬらしいし、タクシーに限らず、サービス業の多くがそのような仕組みになっている。 しかし、日本では、そんな仕組みはないし、サービス料という名目の強制的チップがあるにしても、それはもう料金を分割して表示したにすぎない。 日本のチップとりわけタクシーのチップの意味は一考に価すると思う。
チップはたとえ額は僅かでも貰えると非常に嬉しい。「俺はこじきじゃねー」などとは決して思わないし、またくれるお客も、そんな気持ちを察知すれば無理してあげはしない。誰でもお金が貰えれば嬉しいとは思うが、チップというのはまた格別である。なんにせよ、そこにコミューニケーションが成立し、程度の差はあれ、〔気に入ったよ、有難う!〕という意思表示だからである。 自分はタクシー乗務員をやめた後、タクシーに乗る機会があると、よほど乗務員さんの態度が悪くない限り、チップをあげる事にしている。チップを貰った時のあの嬉しさをツイ思い出すからである。
タクシー業の本質がサービス業であり、運輸業ではないという事はこのチップを貰えるという一点をとってもよくわかる。タクシーの運行管理者の方が乗務員さんへの教育をする時に、「チップを貰える乗務員になれ」と教えるそうだが(自分はそういう教育はうけなかったが)、おおいに共感できる。 乗務員さんが、お客さんにサービスつまり心地よさを提供する事をみずからの仕事としてしっかり自覚し、そのために自分の運転の能力やら、地理の知識やら、世間の情報やら、親切さやら、自分の持つ誠意とノウハウをフル動員するならば、お客さんはその心地よさにメータの運賃以上の物を感じ、それにふさわしい料金(チップ)を払って下さる気になるのでないかと思う。
チップはもちろん国土交通省の運輸統計上にも現れないし、税務署の売上にも計上されず、また奥さんに完全補足された銀行振込の給与とも違う珠玉(?)の収入である。 この不況の時代、チップなどくれるお客などいないよと嘆かれる乗務員さんが多いかも知れないが、しかしサービス業の原点にたって営業されている乗務員さんは必ず、それに見合うチップを今もしっかり頂いていると自分は確信している。そしてそのような乗務員さんをひきつける事のできるタクシー事業者もまた売上数字に現れぬ付加価値を蓄積し、規制緩和自由化の時代に勝ち残る競合力を蓄えているのだと確信します。
チップは貰ったひとでないとその嬉しさはわからない。またチップはあげたひとでないとその愉しさはわからない。ひそやかで、そしてつかのまのコミュニケーションの証……。
次回は「英語を勉強するにはタクシー乗務を!」です。 お楽しみに!
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●清野 吉光(きよの よしみつ)
1950年 長野県四賀村生まれ 1968年 上智大学外国学部ロシア語科入学 1971年 上智大学中退。印刷関係、皮革関係など様々な職業に従事 1976年 清水市の日の丸交通入社 1979年 清水市内の学習塾教師(英語担当) 1980年 静岡市内の(株)事務機器センター入社 1982年 (株)システムオリジンを仲間と創業。専務取締役 1992年 代表取締役社長就任 2000年 株式会社タクシーサイト・ドット・コム常務取締役就任 2003年 株式会社タクシーサイト代表取締役社長就任
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